そしてかぜまかせ

日々穏やかに過ごすために心を落ち着かせよう

詩の朗読5. 見えない木

 

 静かに  

 ゆっくりと  

 言葉を声に出してみましょう。

 

 

f:id:roku0000:20201216145021j:plain 

 

 

 

見えない木

          田村隆一

 

 

雪のうえに足跡があった

足跡を見て はじめてぼくは

小動物の 小鳥の 森のけものたちの

支配する世界を見た

たとえば一匹のりすである

その足跡は老いたにれの木からおりて

小径を横断し

もみの林のなかに消えている

瞬時のためらいも 不安も 気のきいた疑問符も そこにはなかった

また 一匹の狼である

彼の足跡は村の北側の谷づたいの道を

直線上にどこまでもつづいている

ぼくの知っている植える飢餓は

このような直線を描くことはけっしてなかった

この足跡のような弾力的な 盲目的な 肯定的なリズムは

ぼくの心にはなかった

たとえば一羽の小鳥である

その声よりも透明な足跡

その生よりもするどい爪の跡

雪の斜面にきざまれた彼女の羽

ぼくの知っている恐怖は

このような単一な模様を描くことはけっしてなかった

この羽跡のような 肉感的な 異端的な 肯定的なリズムは

ぼくの心にはなかったものだ

 

突然 浅間山の頂点に大きな日没がくる

なにものかが森をつくり

谷の口をおしひろげ

寒冷な空気をひき裂く

ぼくは小屋にかえる

ぼくはストーブをたく

ぼくは

見えない木

見えない鳥

見えない小動物

ぼくは

見えないリズムのことばかり考える

 

 

 

 

  おやすみなさい

 

 

プライバシーポリシー お問い合わせ